詩的日常考察 ~ファルスメモリーシンドローム~

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超人
自分の知る偉大な哲学者の一人であるニーチェ。
彼の言う「超人」や「ルサンチマン」等の語句は中々面白みがある。
ニーチェについて語り出すと長くなってしまうので、一点に絞りましょう。
その中での「超人」理論の中で出てくる、強者と弱者。もっとも普段我々が意識して使っているような意味で使われている訳ではありませんよ。
弱者とは今在る現実を現実のまま受け入れる事の出来ない者の事である。
これは、例えば自分が親だとして子供が言うことを聞かなかったとする。そしてそれを親が叱る。親は自分の思い通りにならなかった子供を正そうとするのである。つまり、子供が言うことを聞かないという現実を直視出来ず、受け入れられないのだ。
この親は弱者ということになる。

ニーチェはこのような弱者を否定し、何物も受け入れることの出来る強者から「超人」になるべしと言っている。

これは矛盾が生じているのではないだろうか。ニーチェが弱者を否定し、強者を推奨するという事実は、今上で挙げた弱い親の例にそのまま当てはまってしまう。
ニーチェは大衆に弱者が存在するという現実をそのまま受け入れることが出来ず、超人という言葉を用いて反発しようとしているではないか。もはや立派な弱者であると思われる。
「超人」を目指す者。それは行き続ける限り弱者であり、永遠に「超人」になることは出来ないのではないか。
他の言葉を借りれば、「英雄は英雄になろうとした時点で失格」なのだろう。
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| 未分類 | 00:56 | トラックバック:0コメント:2
コメント
霧島
英雄とは単なる
「誰もやろうとしなかったことを成し遂げた尻拭いした人」
と言える
2006.06.30 Fri 02:29 | URL |
英雄になる者はそれを意識していない。
むしろ望んではいないのだ。
所詮は大衆が創造した虚構の偶像なのだから。
2006.07.02 Sun 01:36 | URL | ヴァルター
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私はシャムガルの槍。時に魂を与え、魂を奪う。もし永遠の虚構を愛するならば、一切の感情を排除し貴女を刺し貫こう。

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